予防と健康管理ブロックレポート

 

@はじめに

今回予防と健康管理のブロック講義にてストレスによるうつ病を主に題材に扱ったもの、アスベストによる被害(主にアスベスト暴露による悪性中皮腫)を題材に扱ったものという二つの大きなテーマを持ったビデオを供覧しました。僕はその中でも、特にアスベストによる健康被害について興味を持ったので、今回のレポートではそれに順じたキーワードを選びレポートを書くことにした。

 

 

A選んだキーワード

 「アスベスト」と「じん灰症」 

 

 

B選んだ論文の概略

 一つ目の論文は「瀬戸内海沿岸地区における石綿暴露と中皮腫の発生状況」岸本卓巳、玄馬顕一、西英行(岡山労災病院アスベストブロックセンター)です。

 兵庫県尼崎市の旧クボタ神崎工場から環境への石綿飛散による中皮腫発生問題が社会問題化しているが、瀬戸内海沿岸地方では歴史的に造船や石綿管製造他の業種でも石綿が大量に製造されていた社会的な背景があり、1990年以降に岡山労災病院他瀬戸内海沿岸地方の病院において経験した中皮腫症例の職業性石綿暴露の有無について、職業歴と胸部レントゲン上の胸膜プラークあるいは石綿の存在および肺内アスベスト小体数の定量から検討したものと、1999年以降岡山労災病院において、診断・治療を行った胸膜中皮腫49例について、組織型あるいは治療の内容と生存期間の関係について検討したものが紹介されている。この症例報告に関わったほかの病院は、呉共済病院、屋島総合病院、住友別子病院、国立福山病院、神戸労災病院で、これらの病院において入院し、岡山労災病院に診断・治療および労災認定についてコンサルテーションがあった中皮腫症例136例を対象としている。これらの検査項目については性別、年齢、原発部位と組織型、初診時の自覚症状(主訴)、石綿暴露歴として職業内容、職業年数、中皮腫発生までの潜伏期間および胸部レントゲンあるいはCT上の石綿肺および胸膜プラークの有無について検討されている。この中で肺組織を得ることができた74例については、神山変法(神山宣彦:中皮腫における石綿暴露状況の分析法に詳細が書かれているらしいのだが、インターネットなどの検索ではどういう方法なのか知ることができなかった)により、乾燥肺1gを次亜塩素酸ソーダにより溶解した後、ミリポアフィルター(0.45μm)でろ過して、光化学顕微鏡下に200倍で観察しフィルター上のアスベスト小体数を算定した。また、岡山労災病院にて1999年から治療した49例については、治療方法と組織型別に生存期間について検討した。

 これらの結果としてまず、男性121例、女性15例、計136例で、男女比率は8.1:1で圧倒的に男性が多かった。平均年齢は66.1±9.8歳であり、比較的高齢者が多い傾向にあった。原発部位では胸膜が125例、腹膜が10例、心膜が1例であり、胸膜中皮腫が92%と大半を占めた。初診時の主訴別では胸痛が58例、呼吸困難が24例、腹部膨満感が6例、咳が3例、発熱が2例であった。一方無症状で健康診断時に胸水を指摘され、精密検査目的で紹介をされた症例が8例、その他の自覚症状では、体重減少、腹痛、背部痛、嗄声などが各1例あった。

 職業性石綿暴露歴がある症例は110例で、男性が106例、女性は4例であった。職業歴を認めなかったのは男性15例で、女性が11例であった。職業別では、造船が53例、石綿パイプ製造が16例、建設業が13例、汽車あるいは自動車製造・修理が5例、製鉄所が4例、石綿吹き付けが3例、ボイラー、電気工、築炉、鋳造が各2例であった。職業性暴露が特定できなかった職業としては、教師、運輸事務、農業、主婦、事務員などであったが、住居や生活歴については詳しく聞いていなかった。石綿職業性暴露期間は検討可能であった106例では、平均値26.5±12.3年であった。また石綿初回暴露から中皮腫の発生までの潜伏期間は検討可能であった109例では、平均値41.5±11.8年であった。

 肺内アスベスト小体を算定できた74例中明らかな職業性石綿暴露と考えられる5000本/1g肺乾燥重量以上を検出できた症例は62例で、1001〜5000本が10例、1000本以下の症例はわずか2例のみであった。

 組織型別に分けた治療結果では上皮型が最もよく、肉腫型が最も良くなかった。病期別では、T期は生存例が多く予後がよく、UあるいはV期は13.2ヶ月で、W期が5.4ヶ月で予後が悪かった。

 これらのデータに対する考察として、中皮腫は石綿暴露によって発生する悪性腫瘍であるがその頻度は少ないものである。今回の結果では136例中110例に石綿暴露が関与しており、全体の81%を占めていた。また、男性にかなり石綿職業性暴露が多いこと、胸膜原発が92%を占めていた点など背景のバイアスが示唆された。組織型別に見ると、上皮型が50%、肉腫型が16%、二相型が34%であると別の論文には報告されているが、この論文の結果では肉腫型がやや多く、二相型がやや少なかった。これには大きな腫瘍組織を検討できた症例が必ずしも多くなかったため、二相型と診断できなかった可能性が示唆された。主訴別では、胸膜中皮腫は胸痛および呼吸困難が大半で、腹部中皮腫は腹部膨満感が主体であり、従来からの報告とほぼ同様であった。職業性石綿暴露については造船やクロシドライド(石綿状のリーベック閃石(Na2(Fe2+3Fe3+2)Si8O22(OH)2)のこと。針状に尖った繊維で、クリソタイルのような柔らかさは無い。最も毒性が強いとされ、1995年から使用も製造も禁止)を使用した石綿管製造、クリソタイル(成式は Mg6Si4O10(OH)8。クリソタイルから作られる石綿を温石綿と呼ぶ。文字通り、綿のように柔らかい。日本では200410月に使用が禁止。しかし、一部の用途に限っては2006年まで使用が認められている。2008年までには全面禁止される予定)を使用した建設業者など典型的な石綿暴露作業者が多かった。今回の組織型によるそれぞれの結果では明らかに上皮型の予後がよく、肉腫型では化学療法の効果も少なく、予後が悪かった。しかし予後に関しては病期が最大の問題であり、T期症例では胸膜肺全摘出術他により予後が良かったが、W期例では治療の如何に関わらず、5.4ヶ月と悪かった。

 結論として、さらなる症例数の検討が必要ではあるものの、瀬戸内海沿岸地区の中皮腫症例は石綿暴露によって発生した例が81%と多かったというものである。

 

 二つ目の論文は「アスベスト肺癌の分子病理学的アプローチ〜アスベスト肺癌を一般の肺癌から区別できるか?〜」石川雄一です。

 繊維状の鉱物であるアスベストが発癌性を有することはかなり以前から知られており、悪性腫瘍としては悪性中皮腫と肺癌がよく知られている。発生数は肺癌のほうがやや多く、肺癌:悪性中皮腫=3:2程度といわれている。悪性中皮腫は胸膜や腹腔膜(他心膜腔、精巣しょう膜)を裏打ちする中皮細胞を起源とする悪性腫瘍である。腫瘍としてはかなり稀なものである。一方、肺癌は日本で最も死亡数の多い悪性腫瘍である。アスベスト暴露によりこれら二種類の悪性腫瘍が発生するのだが、悪性中皮腫の原因となる因子は、アスベスト以外には放射性造影剤トロトラストなど特殊なものに限られ、ほとんどすべての悪性中皮腫がアスベストによるものと推定されることと、肺癌は数が多いうえにタバコをはじめ様々な原因で発生し、アスベストに起因するものは一部に過ぎないことなどの理由からアスベスト→悪性中皮腫といった見方(指標癌index tumorと呼ばれることがある)に対し、アスベストによる肺癌はそれほど注目されていない。アスベストによる肺癌と一般の肺癌とを区別できるのか、それがこの論文のテーマである。今現在の日本人の癌における死因の1位は肺癌であるが、それは肺癌の患者数が増えたからに他ならない。この肺癌の急激な増加には特別な理由があるのだろうか。一つの仮定として、この論文ではアメリカと日本のアスベストの輸入量と肺癌死亡率についてのデータから、肺癌急増がアスベストによるものという考えがある。アメリカの肺癌ピークは1990年代だが、これは日本よりも早い段階でアスベストの輸入を制限したからである。1990年代でもかなりの輸入量があった日本では30年〜40年遅れてピークが来るのではないかという論である。

 ここから本題に入り、まず病理学的見地からだがこれは難しいようである。それはアスベストによる肺癌には組織学的特徴がなく、腺癌、扁平上皮癌、大細胞癌、小細胞癌いずれも暴露のない人と同じような割合で発生するとされている、つまり特徴的な組織像はないということだからである。ただアスベスト沈着による肺繊維症が認められることは記憶されるべきである。

 形態的にあまり特徴がないため、現状ではアスベストによるものなのか、他の原因によるものなのか区別する確かな方法はなく、肺内アスベストが一定以上検出されないとアスベストによる肺癌とは認定されないことになっている。この論文では遺伝子異常の方面から攻めているいくつかの成果が紹介されていた。

 まず一つ目がK−ras遺伝子に焦点を当てたものである。この研究ではアスベスト曝露について計測ではなくアンケートに基づいているので、その点にやや難があるが結果は明瞭であった。喫煙でもK−ras遺伝子コドン12に変異が起こるのだが、アスベスト曝露によるものは、喫煙とは独立して高頻度に変異を認めたというデータが出たのである。

 二つ目はp53遺伝子に焦点を当てたものである。p53遺伝子変異は、喫煙と深い関係があることがわかっているが、フィンランドのグループによるとp53変異は肺内アスベスト量が少ない症例ほど頻度が高く、K−ras変異と逆の傾向を示した。しかしこの論文で著者は、アスベスト曝露とp53遺伝子変異頻度が逆相関すると簡単に結論してはいけないと考えている。喫煙とアスベストによる肺癌には更なる検証が必要である。他にも染色体レベルの変化やLOH(loss of heterozygosity)についても研究が紹介されている。

 まとめとして、喫煙その他数多の原因と違い肺内アスベスト量は数少ない確実な定量的発癌因子である。加えて近年の日本ではアスベスト環境曝露による発癌が問題となっている。悪性中皮腫はもちろんのこと、肺癌もどの程度のアスベスト曝露で癌を起こすのか。今後は低レベルのアスベスト曝露を対象とした研究が進められるべきである、と言及されている。

 

 

C考察

 まず一つ目の論文を選んだ理由は、自分が生まれてからずっと瀬戸内海に面した県で生活しているからである。二つ目の論文は、現在発癌がアスベストによるものと断定されれば少なからず補償があるが、その断定が難しく、認められなかった人たちも大勢いるのではないかと思い、現時点でどの程度区別できるのかを知りたかったからである。

 二つの論文、そしてビデオからアスベスト被害の恐怖がかなりうかがえた。悪性中皮腫は総じて予後があまり芳しくなく、治療も過酷な戦いであることがわかった。ここで感じたのは、わが国日本の対応の遅さである。BSEなどの時もそうだったが、アメリカが1970年代にはアスベストの使用を制限、または禁止しているにもかかわらず、日本は1990年代まで輸入を続けている。もし論文の説通り最近の肺癌の増加とアスベストの使用の間に関係があるのであれば、まだまだピークは先である。私たちの世代がピークかもしれない。アスベストの恐怖は目に見えず、少量でも吸い込めば約30年後に癌になるというところである。アスベストについて少し調べてみたのだが、たしかに耐久性、耐熱性、耐薬品性、電気絶縁性などの特性に非常に優れ安価であるため利用しやすかったことは、高度経済成長の真っ只中にあった日本には、飛びついてもしかたのない魅力的なものであったことだと思う。しかし環境問題というものはそれらのツケを自分の子孫たちに払わせるというものである。自分自身はそこまでオーバーなエコロジストではないが、環境問題には不安がある。将来医師になったとき大量の肺癌患者が発生するという事態には遭遇したくないが、もしそうなったとき、またはそうならないために研究していくことも良いことだと思った。

 

 

Dまとめ

 今回のレポート作成にあたり、初めて論文を検索、図書館の書庫の利用を行った。いくつかの論文を得て、その中から二つ選んだわけだが、どの論文も自分が知らなかったことがたくさん書いてあり、興味深いものが多かった。手術関係や画像診断などについて言及されているものは、私の今の学習レベルでは理解できない部分が多く、二つとも症例紹介の論文になってしまったが、理解しやすかったし、今のアスベスト問題の現状を垣間見ることができ満足だった。これからも利用しようという気さえあれば、いつでも図書館を利用し、最新の雑誌や書庫の文章を読むことができる。学習するための道具は常に自分の身近にあるものだということを感じることができた。

 

 

 

[利用論文]

 1.「瀬戸内海沿岸地区における石綿曝露と中皮腫の発生状況」

   岸本 卓巳、玄馬 顕一、西 英行

   日本職業・災害医学会会誌 54巻4号 p160〜164

 

2.「アスベスト肺癌の分子病理学的アプローチ アスベスト肺癌を一般の肺癌から区別できるか」

  石川雄一

  医学のあゆみ 219巻11−12  p821〜825